国際宝飾展2026で発表されたlucir cutルシルカットに関する調査報告

国際宝飾展2026で発表されたlucir cutルシルカットに関する調査報告

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ITO MEGUMI
ITO MEGUMI

JEWELRY MAGAZINE所属。これまでの経験を活かし宝飾関連のリアルを発信していきます。みなさまのお役立ちになれるような情報を伝えていきます!

「ITO MEGUMI」はJEWELRY MAGAZINE本部のスタッフです。

目次

1. イントロダクション

1.1 背景と目的

2026年、国内最大級の宝飾展である国際宝飾展(IJT)において、株式会社ルシルケイ(静岡県静岡市)の代表取締役社長である鈴木晃司氏が、新たなダイヤモンドカット「lucir cut(以下、ルシルカット)」を発表した。本報告記事は、基礎資料とすべく、ルシルカットの技術的特徴、開発の哲学的背景、市場戦略、およびダイヤモンド産業における意義について、可能な限り詳細かつ網羅的に分析を行うものである。

ダイヤモンド産業は長らく、原石の価値を最大化するための「歩留まり」の論理に支配されてきた。しかし、今回発表されたルシルカットは、その経済合理性に真っ向から異を唱え、「輝き」と「美」のために原石を大胆に削ぎ落とすという、従来の常識を覆すコンセプトを掲げている。本報告書では、この「禁断の決断」が意味するもの、そしてラボグロウンダイヤモンド(合成ダイヤモンド)という新素材がいかにしてこの革新を可能にしたかについて深掘りする。

1.2 調査範囲と方法

本調査は、株式会社ルシルケイの公式発表、業界メディア記事、鈴木晃司氏の発信、および関連するダイヤモンド市場のデータを基に構成されている。特に、ルシルカットの最大の特徴である「1:2」のプロポーションがもたらす視覚的効果と、それが既存のファンシーカット市場に与える影響について、比較分析を交えて考察する。また、名称が類似する米国の「Lucere Cut」との混同を避けるための明確な区別についても言及する。

2. ダイヤモンドカッティングの歴史的変遷と「歩留まり」の呪縛

2.1 カッティング技術の進化と価値基準

ダイヤモンドの歴史は、その硬度ゆえに加工が困難であった時代から、光の反射を計算し尽くした現代のブリリアントカットに至るまで、人類の技術革新の歴史そのものである。

ポイントカットとテーブルカット

14世紀以前、ダイヤモンドは原石の正八面体の形をそのまま活かしたポイントカットや、先端を平らに研磨したテーブルカットが主流であった。これらは輝きよりも「硬さ」や「魔除け」としての意味合いが強かった。

ローズカット

16世紀に登場したローズカットは、底面が平らでドーム状にファセットを施したもので、ろうそくの光の下で優しく煌めくことが特徴であった。

ブリリアントカットの誕生む

17世紀以降、マザランカットやオールドマインカットを経て、20世紀初頭にマルセル・トルコフスキーによって「アイディアル・ラウンド・ブリリアントカット」の理論が確立された。これにより、ダイヤモンドは「光を反射させる光学機器」としての性質を極めることになる。

しかし、技術の進化と共に常に存在したのが「原石の重量(カラット)をいかに残すか」という経済的な命題である。

2.2 「歩留まり」という産業的制約

ダイヤモンドの原石は非常に高価であり、その取引価格は重量の二乗に近い形で上昇する傾向がある。そのため、研磨業者(カッター)にとって、原石から完成品への重量減少率(ロス)を最小限に抑えることは、利益確保のための至上命令であった。

一般的に、理想的な輝きを持つラウンドブリリアントカットを削り出す場合、原石の約50〜60%が削りカスとして失われると言われている。これを「歩留まりが悪い」とするならば、原石の形状に合わせて重量を優先したカット(例えば厚みのあるクッションカットや、浅すぎる/深すぎるカット)は「歩留まりが良い」とされる。

株式会社ルシルケイの鈴木晃司氏は、この業界構造を「長らく業界を支配してきたある宿命」「原石の重さを守るという制約」と表現している 。原石を大きく残すことが「正義」とされ、そのために輝きが犠牲にされるケースも少なくなかった。ルシルカットの開発は、この「不文律」への挑戦から始まっている 。

3. ルシルカット(lucir cut)の技術的解析とデザイン哲学

3.1 コンセプト:「禁断の輝き」と「真の自由」

ルシルカットの開発において掲げられたスローガンは、「重さを捨てる。効率を度外視する」という極めてラディカルなものである 。鈴木氏はこれを「禁断の決断」と呼び、ダイヤモンドが数十億年の地質学的制約と、人間社会の経済的制約(歩留まり重視)という二重の鎖から解き放たれた瞬間の象徴と位置づけている。   

この哲学は、単なるマーケティング用語にとどまらず、実際の製品設計に深く反映されている。通常であれば1.5ctや2.0ctの重量を残せる原石であっても、最高の輝きと理想のフォルムを実現するためならば、迷わず削り落として1.0ctにするという姿勢が貫かれている 。

3.2 黄金比「1:2」のプロポーション

  ルシルカットの視覚的アイデンティティを決定づける最大の特徴は、縦横比 1:2 という極めて細長いプロポーションである 。

3.2.1 既存カットとの比較分析

この「1:2」という比率がどれほど特異であるか、一般的なファンシーカットと比較することで浮き彫りになる。

lucir cutルシルカット | LUCIR-K

カット名称 一般的な縦横比  特徴  ルシルカットとの差異
ルシルカット 1.00 : 2.00 鋭利、光の刃、直線的 極めて細長く甘さを排除した鋭さ
ラウンド 1.00 : 1.00 円形、強いブリリアンス 形状が全く異なる
マーキス 1.75 : 1.00 〜 2.25 : 1.00 両端が尖った舟形、曲線的 マーキスは曲線主体だが、ルシルカットはより鋭利で直線的な印象
ペアシェイプ 1.50 : 1.00 〜 1.75 : 1.00 涙型、片側が丸い ペアシェイプの「ふくよかさ」に対し、ルシルカットは「研ぎ澄まされた」フォルム
エメラルド 1.30 : 1.00 〜 1.50 : 1.00 長方形、ステップカット エメラルドは輝きが控えめだが、ルシルカットはブリリアント系の強い輝き

従来のペアシェイプ(涙型)が「ふくよかさ」や「優しさ」を象徴する形状であるのに対し、ルシルカットの1:2という比率は、「闇を切り裂く光の刃」と形容されるように、攻撃的ですらある鋭い美しさを追求している 。

3.2.2 視覚的効果と心理的印象

1:2という比率は、人間の視覚において非常に強い「方向性」を生み出す。

指を長く見せる効果

リングとして着用した際、縦のラインが強調されるため、指を細く長く見せる効果が既存のカット以上に期待できる。

モダンとシャープネス

丸みを帯びたデザインはクラシックで保守的な印象を与えるが、極端に縦長で鋭角なデザインは、現代的(モダン)で、自立した意志の強さを感じさせる。これはターゲット層である「現代を生きる女性」の感性に訴求するポイントである。

3.3 輝きのメカニズム(理論的考察)

ルシルカットの詳細なファセット数(面の数)やパビリオン角度等の技術データは現時点では非公開とされている 。しかし、公開されている「ラウンドブリリアントカットの構造をベースにしている」という情報 から、その輝きのメカニズムを推察することは可能である。

3.3.1 ボウタイ効果の克服

細長いダイヤモンド(マーキス、オーバル、ペアシェイプ)における最大の課題は、「ボウタイ(蝶ネクタイ)」と呼ばれる現象である。これは、石の中央部分において光が漏れ、黒い影のような帯が見えてしまう現象である。石が長くなればなるほど、パビリオン(下部)の角度調整が難しくなり、ボウタイ顕著になりやすい。 ルシルカットが「1:2」という極端な長さを持ちながら「圧倒的な輝き」を謳っていることは、このボウタイ効果を解消、あるいはデザインの一部として美しく昇華させるための高度なファセット設計(切子面の配置)が施されていることを示唆している。おそらくは、パビリオン側のファセットを複雑化させることで、光の反射経路を分散させ、石全体が均一に輝くよう計算されていると考えられる。

3.3.2 シンチレーションの連鎖

縦に長い形状は、光源や視線が移動した際に、光の反射(シンチレーション)が石の端から端へと走るような動的な効果を生み出しやすい。ルシルカットは「エッジの効いたフォルム」を持つため、先端部分まで光が鋭く入り込み、全体が発光するような強い存在感を放つと推測される 。

3.4 米国「Lucere Cut」との明確な区別(重要)

本報告書を作成する上で極めて重要な注意点が、名称の類似性による混同の回避である。 米国市場には、Krochmal & Lieber社が特許を持つダイヤモンドカットとして「Lucere Cut(ルシエールカット、あるいはルセレビカット)」が存在する 。

項目 株式会社ルシルケイ「lucir cut」 Krochmal & Lieber社「Lucere Cut」
形状 鋭利なペアシェイプ縦横比 1:2 正方形 スクエア縦横比 1:1
特徴 鋭利なペアシェイプ/マーキス変形、光の刃 プリンセスカットとラディアントの融合
開発国 日本 米国/ベルギー
主素材 ラボグロウンダイヤモンド(推奨) 天然ダイヤモンド

米国のLucere Cutは「スクエア(正方形)」であり、カドを落としたステップカットとブリリアントカットのミックスであるのに対し、鈴木晃司氏の発表したlucir cutは「1:2の細長い形状」である。両者は全く異なるプロダクトであり、記事執筆の際はここを混同しないよう細心の注意が必要である。ルシルケイの「lucir」はスペイン語の「輝く」に由来しており 、独自のネーミングである。

4. 素材革命:ラボグロウンダイヤモンド(LGD)の戦略的活用

4.1 なぜ天然ではなくラボグロウンなのか

ルシルカットの商業化を可能にした最大の要因は、ラボグロウンダイヤモンド(合成ダイヤモンド、LGD)の採用にある。ここには明確な経済的・技術的理由が存在する。

原石形状の制約からの解放

天然ダイヤモンドの原石は、正八面体や不規則な形状をしており、そこから「1:2」という細長い形状を切り出そうとすると、原石の大部分を捨てなければならず、歩留まりが極端に悪化する。これはコストの跳ね上がりを意味し、製品価格を非現実的なものにしてしまう。

生成プロセスの制御

LGD(特にCVD法など)であれば、ある程度結晶の成長形状を制御することが可能であり、カットに適した形状の原石を用意しやすい。

コストパフォーマンス

LGDの原石コストは天然に比べて低いため、「輝きのために贅沢に削り落とす」というルシルカットの理念を、消費者が手の届く価格帯で実現できる。

4.2 サステナビリティと透明性(Transparency)

ルシルカットは、単なるデザインの新規性だけでなく、「未来の宝石の在り方」としての価値も提示している。鈴木氏は、ルシルカットが「透明性(Transparency)」と「持続可能性(Sustainability)」を纏っていると述べている 。 LGDは、採掘に伴う土壌汚染や紛争ダイヤモンドのリスクがない「エシカル(倫理的)」な素材として、特に欧米の若年層を中心に支持を集めている。ルシルケイは、このLGDの特性を活かし、環境負荷を低減しつつ、デザインの極致を追求するという新しいラグジュアリーの形を提案している。

4.3 My Precious Diamond ブランド

ルシルケイは、LGD専門ブランドとして「My Precious Diamond」を展開しており、ルシルカットもこのブランドラインの一部として、あるいはそのフラッグシップとして位置づけられている可能性がある。同ブランドでは、天然ダイヤモンドの中でもわずか2%未満しか存在しない希少な「タイプ2a」と同等の純粋な結晶構造を持つLGDを使用しており、不純物(窒素)を含まないがゆえの圧倒的な透明度を売りにしている 。

5. 市場戦略と商品展開

5.1 価格戦略:アクセシブル・ラグジュアリー

公開されているルシルカットの販売価格は、ダイヤモンド市場において破壊的とも言える競争力を持っている 。

  1.0ctの天然ダイヤモンド(高品質なもの)が市場価格で100万円〜200万円することを考慮すると、ルシルカットは1/4〜1/5程度の価格で提供されていることになる。特に注目すべきは2.0ctという大粒のラインナップである。39万8千円で2.0ctの最高品質の輝きと独自デザインが手に入るという事実は、これまで予算の都合で小粒なダイヤモンドしか選べなかった層に対し、「デザインとサイズで妥協しない」という新たな選択肢を提示している。

5.2 ターゲット層とインサイト

ルシルカットが訴求するターゲット層は、以下の要素を持つ現代的な消費者であると推測される。

既存の価値観に縛られない層

「天然でなければならない」「資産価値(換金性)が全て」という従来の価値観よりも、「自分が美しいと思うか」「自分の生き方に合っているか」を重視する層

自己購入(Self-Purchase)層

婚約指輪としての需要だけでなく、キャリアを積んだ女性が自分へのご褒美として、あるいは自分のステータスシンボルとして購入する需要。

ファッション感度の高い層

定番のラウンドカットに飽き足りず、他者と被らない個性的なジュエリーを求める層。

5.3 マーケティング手法:社員インフルエンサーによる発信

開発者である鈴木晃司氏は、社員の杉田晴奈氏 アカウント名「はるたん」、国際宝飾展(IJT)の公式インフルエンサーとしても活動している 。

ストーリーテリング

開発者と社員自身が「歩留まりの呪縛からの解放」というドラマチックなストーリーを語ることで、製品に深みと説得力を与えている。

SNS活用

InstagramやTikTokなどのSNSを活用し、動画や記事を通じて製品の魅力を直接消費者に届ける戦略をとっている。これは、宝飾業界で遅れがちなデジタルマーケティングを積極的に取り入れた成功事例と言える 。

IJTでの発表

業界関係者が集まるIJTでの発表は、B2B(卸売りやパートナーシップ)とB2C(一般消費者への認知)の両方を狙った戦略的な一手である。

6. 株式会社ルシルケイの企業プロファイル

ルシルカットを生み出した株式会社ルシルケイ(LUCIR-K)は、単なる小売店にとどまらず、多角的な事業展開を行う総合宝飾企業である 。

6.1 会社概要と沿革

  • 設立: 1998年(平成10年)、静岡市にて設立。
  • 代表者: 鈴木 晃司
  • 拠点: 静岡市と浜松市を中心に、「LUCIR-K」「ETERNAL」「TIARA」「FIRST DIAMOND」などの屋号で店舗展開。
  • 事業内容: 宝飾品の企画・販売だけでなく、ウェブ制作、アプリ開発、コンサルティング業務なども手掛けており、デジタルに強い企業体質が伺える。

6.2 事業の多角化とシナジー

ルシルケイは、以下のような多様なブランド・サービスを展開し、相互に送客やブランド価値の向上を図っている。

  • ブライダル専門店:「ETERNAL」「TIARA」など、国内最大級の品揃えを誇るブライダルリング専門店を展開。
  • セレクトショップ:「LUCIR-K」本店では、ダイヤモンドだけでなく、希少石、ヴィンテージウォッチなどを扱い、富裕層や愛好家のニーズに応えている。
  • オーダーメイド・リフォーム:「FIRST DIAMOND」では、鍛造製法やオーダーメイドに対応。

ルシルカットは、この強固な事業基盤の上で、満を持して投入された自社開発のフラッグシップ商品と位置づけられる。

7. 結論と今後の展望

7.1 ダイヤモンドの「資産」から「アート」への転換

ルシルカットの登場は、ダイヤモンドの価値基準が「資産(重さ、換金性)」から「アート(美しさ、表現力)」へとシフトしつつある現状を象徴している。LGDという素材を得て、デザイナーやカッターは原石のコスト制約から解放され、純粋に光の美しさを追求できるようになった。ルシルカットはその先駆けであり、今後同様のアプローチで独創的なカットが次々と生まれる可能性がある。

7.2 地方発ブランドの可能性

静岡という地方都市の宝飾店が、独自のカットを開発し、国際展示会で発表するという事実は、日本の宝飾業界において大きな意味を持つ。SNSとECの発達により、地方からでも世界レベルのブランド構築が可能であることを証明しており、他の地方専門店にとっても刺激となる事例であろう。

7.3 総括

  ルシルカットは、「1:2の黄金比」という斬新なデザイン、「歩留まり度外視」という潔い哲学、そして「ラボグロウンダイヤモンド」という新時代の素材が見事に融合したプロダクトである。 鈴木晃司氏が語るように、これは単なる宝石のカットではなく、既存のルールや制約に縛られずに生きる現代人の「覚悟」と共鳴するシンボルである 。 IJT2026での発表を経て、この「光の刃」が日本の、そして世界のジュエリー市場でどのように受け入れられ、輝きを放っていくのか、今後の展開が極めて注目される。  

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